広告やプロモーションの費用対効果や投資対効果に対する取り組みは、日本ではまだ一般的とは言えませんが、欧米のマーケティング先進国企業や外資では、ROIやROASの測定や評価なしに広告計画を立てる事はまずありません。それでは”Management”、つまり管理にならないからです。今後コスト削減がより一層求められる中で、コミュニケーションコストの効率性をきちんと測定・評価して最大化する事は、日本企業においても優先課題になっていくと思われます。
最近はネットでも「費用対効果の高い○○」や「△△で費用対効果を改善」など、標語の様に使われています。しかし、費用対効果に言及するなら、まず測定できなければいけません。インターネットは「最も測定可能なメディア」と言われ、実際その通りに色々な効果測定サービスが利用できるようになりましたが、従来型のマス広告や店頭プロモーション、ソーシャルメディア等にも同様に費用対効果が算出できることが期待されています。
「ROI入門」は、広告効果測定にあまり馴染みの無い方でも広告ROIの基本(測定、算出)から応用(評価や改善施策立案)まで、幅広く広告ROIの世界に慣れ親しんで頂き、今後皆さまがROI視点の広告管理を推進される際の一助となる様、広告ROIの専門機関であるROI+のデータサイエンティストやコンサルタントが執筆した入門コンテンツです。
本来、広告のROIをゼロベースからきちんと算出しようとすれば ブランドコミュニケーションや消費者行動理論はもちろん、数学、ファイナンス、計量経済学、機械学習、ベイズ統計などを含むマーケティングサイエンスの理解と、それらを基にシミュレーションアルゴリズムを組めるプログラミングの知識が不可欠となります。
しかし本稿は広告ROI入門ですので、数学的な表現は必要最低限に留めています。立式や定式化の為に多少の数式が出てくる箇所もありますが、読み飛ばして頂いても構いません。実務でROIを「使う」側の方であれば、文章と図で問題なく広告費用対効果の要旨を掴んで頂けると思います。
紹介している考え方はマス4媒体、屋外広告、交通広告から、店頭プロモーション、ソーシャルメディアやオウンドメディア、インターネット広告、それらのクロスメディアまで様々な媒体のROI算出に利用できるものです。また、販売員や営業、広報やCSR等幅広い顧客接点へ拡張する事もできます。
ブランドマネジャーやマーケターの方、宣伝部や広報部の方など実務で広告ROIの改善に取り組んでおられる方、経営企画や経営戦略において広告効果を科学的に評価し監査する立場の方、広告計画のPDCAサイクルをROIに基づいて管理していかれたい方、マネジメント層でマーケティングダッシュボードに広告のROIを採用したい方等に役立てて頂ければ幸いです。
※ここで言う「広告」は広義の販売促進を指し、いわゆる”広告”の他にセールスプロモーション、人的販売、パブリシティなども含むものとして「広告」とまとめて表現しています。
※本稿は独立した章立てになっていますが、「ROI算出の基本」以降はそれ以前で書かれた事が前提になっている場合もございますので、基本的には最初から順番にお読み頂く方が分かり易いと思います。
かつて日本企業の多くでは広告宣伝費は固定費として扱われ、あまり成果に対する責任を厳しく見られる事もありませんでした。しかし、昨今の広告予算の削減や消費者の広告離れに煽りを受け、広告の採算性や成果責任が非常にシビアに問われる時代になりました。
その中で特に注目されているのが「広告のROI」と、「広告が成果を生み出すプロセスの見える化」です。これは広告を投資として考えれば当然の事です。投資家(広告主)は、投資している銘柄(媒体)について、幾ら投資して幾ら儲けたかを投資収益率(ROI)で判断し、有価証券報告書などでその企業が収益を上げる仕組みや取り組みなど(投資が成果を生み出すプロセス)について検討し、納得できれば継続投資するわけです。
広告に求められるアカウンタビリティを売上貢献責任とすれば、その貢献度合いを個別の媒体レベルで評価した指標が広告のROIです。また、広告という投資がターゲットの態度変容や行動変容を促進し、購買というリターンになるまでのプロセスが「広告が成果を生み出すプロセス」です。これは何も新しい考え方ではなく、古くはCooley(1961)のDAGMAR(Defining Advertising Goals for Measured Advertising Results)に端を発する考え方です。ROIを適切に算出する為にも、算出したROIをもってROIを高める改善施策を打ち出す為にも、社内説得の為にも”I(投資)がR(成果)につながるプロセス”の正しい理解をした上で、ROIをはっきり示す事が重要です。
なぜ広告効果ではなく、広告のROIを考える事が大事なのでしょうか?それはROIが収益性や採算性を表す指標だからです。広告に限った話ではないですが、基本的に企業が利益を増やすには売上を大きくするか、コストを削減するかの2つです。ある媒体の広告効果が高く大きなリターンが返ってきても、その媒体費用がリターン以上に大きければ利益になりません。収益性や採算性で広告を考える場合、広告効果のみでは不十分なのです。
その点ROIは文字通りリターンとコストのバランスで定義されている為、「少ない予算で同じ効果を上げられる媒体計画を立案して、コストを削減したい」もしくは「同一のコストでより効果の高い広告施策を立て、売上を上げたい」という広告主にとって使いやすい指標と言えます。
また、従来TVはTV、WebはWeb、店頭は店頭と別々に効果測定が行われ、効果指標も視聴率、クリック率、リフトと媒体毎に異なりましたが、ROIなら広告主が「どの媒体にどれだけ投資して、どれだけ儲かったのか」を同一土俵上で比較する事ができます。
ブランドコミュニケーションの現場でも、事前事後調査をして広告効果があった/なかったというレベルから、広告がどの様に売上やブランド育成に貢献したのか、どうすればもっとROIが上がるのかというレベルでの議論が求められています。ROI視点で広告効果を分析していく事で、指標としての価値だけでなく、広告担当者やブランドマネジャーの実務に役立つ様々な情報を得る事ができます。
・ROIが低い媒体から高い媒体へ、予算の再分配を検討できる
・広告目的に対してROIの高い媒体、低い媒体を選別する事ができる
・どの様な効果をどれ位伸ばせばROIが最大になるかを知る事ができる
・ROIが低い原因を調査し、その改善を図る事ができる
・ROI改善の為の媒体別目標値を数値で定める事ができる
・限られた広告予算の中で、最大の効果を出せる媒体配分を求める事ができる
・媒体ごとにROIが最大となる費用レンジを探る事ができる
一般的に、広告のROIは測定・算出が難しいと言われます。実務面では特に以下の様な課題をクリアする必要があります。
(1) データの誤差
(2) 広告寄与の算出
(3) 広告効果の分解(媒体個別の寄与の算出)
(4) 購買行動の理解
(5) 媒体間の繋がり
(6) ROI立式の問題
の6つの側面があります。
(1)は広告効果測定調査の仕組みと、それに由来するデータの誤差の問題です。消費者に何が購買のきっかけとなったか?と聞いても正確に答えられないという事実、そして勘違い・思い違いによる回答が一定の傾向を持つ誤差となって分析結果に返ってくる、という問題です。この問題については、Chapter2「ROI算出の準備」で詳しく見ていきます。
(2)と(3)はROIを計算する時、費用(分母)は媒体費用を入れれば良いのですが、それに対応するリターンとして何を分子に入れるべきなのか?という問題です。(2)の「広告寄与の算出」は、売上や利益の内、何が当該広告の効果で何がそれ以外の効果なのか?どうやって切り分けるのか?という問題です。(3)の「広告効果の分解」は、(2)で広告の寄与分が分かったとしても、複数の媒体を同時に使っていた場合、それぞれの媒体の個別の寄与をどうやって算出するのか?という問題です。この問題については、Chapter3「リターンとコストの算定」で扱っています。
(4)と(5)は、広告が成果を生み出すプロセスの把握に関する課題です。これには購買行動や意思決定プロセスなど「消費者側のプロセス」と、クロスメディアの様に媒体の組み合わせにより大きなブランド体験を生み出す「媒体側のプロセス」があり、ROI算出にはその両方が必要となります。(4)の「購買行動の理解」は、自社商材の買われ方をどう把握するのか?という問題です。(5)の「媒体間の繋がり」は、媒体には直接的に購買行動を促進する効果と他の媒体を介して購買行動を促進する間接効果がありそれらをどう正確に見積もるか?という問題です。こちらもChapter3「リターンとコストの算定」で詳述していきます。
(6)は、ROIの立式と計算方法についてです。費用対効果を求めるのか、投資対効果を求めるのか、過去の実績を測定するのか、現在行っている投資の将来性を評価するのか、などによりROIの立式と意味が異なってきます。どういう目的の時にはどういう立式を行うのか、どの様に計算すればよいのかという問題について、Chapter4「ROIの立式」で扱っています。